倉中看護パート3 時本先生

最後のロールプレイだった。

その看護学生は「ゆっくりで大丈夫ですよ」その言葉を何度も繰り返しながら、福山に触れようとはしなかった。

気持ちも近づいてこなかった。

トイレに行こうと、右手で握る点滴だけが支えだったが、左手でも必死にベッド柵を持ちながら歩いた。

オーバーテーブルを持った時だった、オーバーテーブルが動いて、福山は転んだ。

それでも学生は、福山に触れず「大丈夫ですか」と言う。

「もういい!」福山は1人でトイレに辿り着いた。

 

ロールプレイが終わっての学生の感想だった。

「福山さんがトイレに行きたいと言うのをうのみにしてしまいました」

観察学生のフィードバックが終わろうとした時、時本先生が学生達にたずねる。

「福山さんが転んだよね。なぜその場面のことを話さないの。あの場面はどうだったの!」

「看護師さんを呼んだらいいのか。でもそこまで演技していいのか迷いました」

「先の動きをどうしたらいいか、そればかり考えました」

 

SPのフィードバック。

「福山はずっと見放されている想いでした。どこまでも1人なんだ。トイレに行くのは最後の生きた証なんです。必死なんです。先ではない!今を見てほしい」

 

反省会の後、時本先生は次の用があると、少し急いだ様子で会場を後にされた。

その翌日だった。

時本先生から電話があった。

「急いで去ったものですから、想いを話せないままで気になっていました。自己満足かもしれません。でも、お話したかったんです」

「いろいろ考えました。何より転んでしまった福山さんを、私こそ大事にしてあげたのだろうかと。あの場面を何度も振り返っています」

このような電話をもらえるなんて。

なんて、幸せなことだろう。

私は深く噛みしめた。

 

 

 

倉中看護パート2 有本くん

「男の子で頑張ってるんやねえ」と、言うと

「ただ男というだけです」と、まっすぐに返された。その反応が正直で、ちょっと恥ずかしくなった。福山も、それから正直になれた。

もう長くない。その気持ちはごまかせない。

有本くんは、福山の肩を支えながらその事を一緒に感じてくれているようだった。

 

トイレから戻って、ベッドに寝転んで大きくため息をつくと「しんどいですね」と有本くんが言った。

窓の外を見て

「暑そうじゃね」と言うと

「暑いですよー」と、頷きながら腰をかがめてくれた。

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「ビールが美味しい季節じゃね」

「僕あんまり飲めないんですよ。ビールは苦いです笑」

「そうなん?」

「福山さんは好きなんですか?」

「好きなんやけどもう飲めんからな。でもな、入院する前に還暦祝いしてもろうて、主人とちょーっと飲んだんよ」

「いい時間ですね」

 

福山として、もう長くないこと大事に受け取ってくれていると感じた。

それがSPのフィードバックだ。

 

ファシリテーターの時本先生がたずねた。

「有本くん、福山さんがご主人とビールを飲んだ話しをした時、いい時間ですねって言ったんだけど、あの時はどんな気持ちだったの?」

「…そのまんまです。そう感じたんです」

「そうかあ。ずっと、福山さんの背景を想像しながら、有本くん関わっていたね」

 

フィードバックが終わって、拍手している時に

有本くんと目が合った。

「有本さんが有本さんだった」

そう伝えると、有本くんは少し間をおいて

大きく頭を下げた。

 

 

倉中看護パート1 黒瀬さん

腹水が溜まって、余命短い福山さん。

必死でトイレに行こうとする場面。

学生の黒瀬さんは、ロールプレイの後の感想で

「いい感じの言葉選びが出来ない」と言った。

振り返った時、2つの場面を思い出した。

薄いストールをお腹の上にかけていた。

入院する前に還暦のお祝いをしてもらって

主人にもらったプレゼントだ。

1つ目の場面だ。

「このかけてるのは?」黒瀬さんはたずねた。

あのね、と答えようすると

「寒いからですか」と、続いた。

2つ目の場面。

「娘さんが来られてるんですね?」

「会ってる時は冷たいもんよ。後からLINEでごめんなって。でも、やっぱり会うとね、、」

「楽しい?!」

 

言葉なんか選ばなくても、黒瀬さんは福山に思わずきいてくれてるよ。

だのに、そこから聴いてくれてなかった。

きいてくれる黒瀬さんに話したかったよ。

2つの場面と一緒に、その想いをフィードバックした。

 

黒瀬さんの最後の感想だ。

「上辺だけのコミュニケーションだった。本当は深くききたかった」

 

黒瀬さん

福山がベッドから立ち上がる時

黙って待ってくれた。

その時の気配に込み上げたんだよ。

言葉なんかなくっても、気配はあたたかかったんだよ。

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嬉しい出会い。

Timeで、猫の2kg入りの療養食を買おうとしたら

いつも躊躇してしまう5kg入りの療養食を

若者カップルが、よいしょと持ち上げた。

割安とは言えど、5kg約8,000円を出すのは

いつも躊躇する。

思わず話しかけた「療養食なんですね」

すると、女性の方が、飼ってる猫のこと、療養食の内容などを楽しげに話し出してくれた。

療養食の袋を抱き抱えた男性も頷きながら

一緒に話に加わっていた。

と、その時、女性が突然目を丸くして言った。

「あー!実習で出会ったー!」

どうやら、2人は川崎医科大学の学生のようだ。

女性は続けた。

前田敦子さん!あ~私名前まで覚えてる~」

「いやいや、それはAKB笑。私は前田純子です」

それからも2人は話してくれた。

「実習楽しかったですー!」

男性も、今まで以上にもっと頷いてくれた。

別れ際「猫ちゃん、お大事に」と、見送られた。

お大事に。それはやっぱり自然だった。

「ここでも、お大事にかあ笑」

“オンライン距離”

岡山県立大学栄養学科で

2年ぶりの対面実習に参加した。

マスクをして、フェイスシールドをした学生たちは、不思議な距離感を持っている。

SPをしていても、こころがあまり波立たない。

すーっと時間が流れていく感じ。

あれっ、終わった?という終わり方。

 

でも、それは学生たちが冷たい訳でもなく

曖昧に話を進めるような意図的なものでもない。

それが自然だとしたら、それはコロナ禍での

オンライン授業や、集団での集まりが全く無くなった弊害とも言えるのかもしれない。

 

かと言って、それがこれからもただ弊害で終わるのでは無いと思う。

人との距離のとり方や、関わり方は確かに拙いかもしれない。

でも、下手に群れることや、人に合わせることが

欠けているのなら、それはかえって自分に向き合えることに繋がりやすいのではないか。

 

かわいそうって言われるこの時代に

培われるだろう“オンライン距離”は

きっといつか人間関係に生かされるはずだ。

私は、ふとそう思う。

 

 

残しておきたいこと。

仲間と話していると

思わず引き出される想いがある。

なんの脚色もない顕な想いだ。

「人生振り返ると汚点ばかり」と出た言葉に

続いた。

「その汚点が輝いて、映像になって浮かんで、私に今話しかけてくれてる」

「辛かったなあ。寂しかったなあ。苦しかったなって」

汚点って。そんな想いが自分にあったこと、こうして振り返れた。

 

何かしたという証があったのでもなく、それが何かしたという結果でもない。

ただ、自分に向き合い、自分を生きている。

それをただ、讃えあえる仲間がいる。

 

 

 

 

 

 

SP勉強会。

ロールプレイをするつもりだったが、シナリオのイメージを分かち合うことに変えた。

集まって話せるだけでも、もうそれだけで嬉しい。

それで時間がなくなってきたというのもあった。

でも、それぞれのイメージを聞くだけでも

刺激的な時間だった。

それだけでそれぞれの、その役が立ち上がってくる。

勝手に想像出来てしまう。

反面、シナリオの紙面上でとどまっているところも見えてくる。

でも、何より感じたのは、分かち合うことで

他者が見えてくるものを受け入れることが出来るすき間があるかどうかだった。

それを受け入れるすき間があるかどうかは、イメージが本当に立ち上がっているかどうかの確認にもなる。

 

これは、聴く耳が持てるかどうか。

生きる上で、大事なことそのものに繋がることだと思った。

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(美しい会場も、テンションが上がった)