最後のロールプレイだった。
その看護学生は「ゆっくりで大丈夫ですよ」その言葉を何度も繰り返しながら、福山に触れようとはしなかった。
気持ちも近づいてこなかった。
トイレに行こうと、右手で握る点滴だけが支えだったが、左手でも必死にベッド柵を持ちながら歩いた。
オーバーテーブルを持った時だった、オーバーテーブルが動いて、福山は転んだ。
それでも学生は、福山に触れず「大丈夫ですか」と言う。
「もういい!」福山は1人でトイレに辿り着いた。
ロールプレイが終わっての学生の感想だった。
「福山さんがトイレに行きたいと言うのをうのみにしてしまいました」
観察学生のフィードバックが終わろうとした時、時本先生が学生達にたずねる。
「福山さんが転んだよね。なぜその場面のことを話さないの。あの場面はどうだったの!」
「看護師さんを呼んだらいいのか。でもそこまで演技していいのか迷いました」
「先の動きをどうしたらいいか、そればかり考えました」
SPのフィードバック。
「福山はずっと見放されている想いでした。どこまでも1人なんだ。トイレに行くのは最後の生きた証なんです。必死なんです。先ではない!今を見てほしい」
反省会の後、時本先生は次の用があると、少し急いだ様子で会場を後にされた。
その翌日だった。
時本先生から電話があった。
「急いで去ったものですから、想いを話せないままで気になっていました。自己満足かもしれません。でも、お話したかったんです」
「いろいろ考えました。何より転んでしまった福山さんを、私こそ大事にしてあげたのだろうかと。あの場面を何度も振り返っています」
このような電話をもらえるなんて。
なんて、幸せなことだろう。
私は深く噛みしめた。