向き合ってこなかった昔のことがフラッシュバックのごとく映像で浮かんでくる。
その場面場面は、私が見たくなかったことだ。
向き合っていない時、感情は激しく動く。
何かをごまかし、どこかで必死に自分を正当化し。
だから、見破られないように怒っている。落ち込んでいる。周りの人だけでなく、自分をどこまでも苦しめている。
うちの軒下に玉ねぎが吊るされていて、8月の中頃から腐った玉ねぎが、ひとつふたつと落ちていた。
気になるけど、見ないようにしていた。
いつか全部腐るんならそれでいい。
そんなことをうそぶいたりもしていた。
でも、それをひとつひとつ腐った物と腐ってないものに分けてみた。思った以上に腐った玉ねぎの方が少なかった。
やっと向き合うことができた。動けた。
そして、このことが人生に繋がっていった。
向き合えなかったと思ってきたその場面場面がしっかりと私の中にあって、そして今思い出しながら泣けてくる。
もういいよ。私は私にちゃんと向き合ってこうして泣いている。
今だから泣けてくる。
気恥しいけど、もうひとりじゃない。