家族志向のケア

岡山家庭医療センターでの研修があった夜に

松下先生からメールが届いた。
“分け隔てなく、一緒に関わってくれた、 というコメントが印象的でした。お二人を家族として、まとまった存在として関わるのが、 家族志向のケアの醍醐味なので皆に伝わったと思います。”

 

松下先生と家族面談のロールプレイをすると

ばらばらなぎくしゃくした家族が思わずお互いを想えて、いつしか涙している。今回もそうだった。

 

“まとまった存在として関わる。”

ふと、20年前のことを思い出した。

松下先生が川崎医科大学の総合診療におられた頃

母が診察を受けていた。時々私も同席していた。

「つらいのはいつもお母ちゃんばっかり。私だってつらいんじゃ」松下先生に泣きながら母が話をしている横で、そんなことを思いながら少しシラケた私が座っていた。

すると、松下先生が身体ごと私の方を向いて言われた。

「前田さん。今日は前田さんの話もきかせてください」「お母さん、いいですよね」

ああ、あの時もそうだったんだ。

本当の気持ちを話せず、少し距離のあった母が、松下先生と一緒に、私が泣きながら話すのをきいてくれていた。

あの時のひとつになった柔らかい気配。

 

今回の松下先生との家族面談のロールプレイの時、瞬間慟哭した場面があった。でもそれは、その患者役として何か映像が浮かんだからではなく、いきなり何か奥から突き上げてくるものだった。その瞬間がこころにはっきり残っていた。

 

研修の終わりに「役を通して、前田自身が今日も癒されました」

私は、そう言葉にしていた。

それは20年前の、母と2人の家族面談にも繋がっていたからなのかもしれない。